東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1854号・昭28年(ネ)766号 判決
控訴費用及び附帯控訴費用はそれぞれ控訴人及び附帯控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と称す)訴訟代理人は昭和二十七年(ネ)第一八五四号控訴事件につき「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を、昭和二十八年(ネ)第七六六号附帯控訴事件につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人と称す)は昭和二十七年(ネ)第一八五四号控訴事件につき控訴棄却の判決を、昭和二十八年(ネ)第七六六号附帯控訴事件につき「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し更に金八十万円を支払うべし。訴訟費用は、第一、二審共控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴人において「本件報酬契約締結当時控訴人は、極度に体刑に処せられることを恐れ、且つ所謂闇取引によつて巨利を得ていた際であつたから、如何程多額の罰金刑に処せられようとも、それは無罪の場合と同視して米貨一万弗の報酬を支払うことを約し、執行猶予附の体刑にあつては実刑の苦痛は免れ得るも、経済統制違反の常習者であつた控訴人は将来再犯の場合に不利益を受ける恐れがあるので、この場合には前者の半額の米貨五千弗(邦価換算金百八十万円)を支払う合意ができたのであつて、若し執行猶予附の体刑に罰金刑が併科されても、その金額如何に拘らず執行猶予附体刑のみの言渡があつたものとして報酬を支払う約旨であつたものである。この点に関し原判決は判断を誤り、被控訴人の本訴請求中原判決主文第一項掲記の部分のみを認容しその余の請求を棄却したのは失当であるから、原判決中被控訴人敗訴の部分を取消し、控訴人に対し更に金八十万円の支払を求めるため附帯控訴を申立てた次第である。仮りに本件報酬契約において前記主張のような約旨が認められないとしても、弁護士として控訴人から本件刑事事件の弁護の委任を受けた被控訴人は、その受任事務処理の結果前記のような判決を得た以上、控訴人に対し相当の報酬を請求し得べく、その額は本訴請求金額を以て相当とするから、いずれにしても控訴人においてその支払義務がある。なお控訴人主張の金五十万円を受領したことは認めるが、右は本件受任事件の着手金として受取つたものであつて報酬金の一部支払ではない。」と述べ、控訴人訴訟代理人において「本件委任事件につき被控訴人主張のような刑の言渡があつて確定したこと、被控訴人主張のような報酬契約の成立したことはこれを認めるが、執行猶予附体刑に罰金刑が併科された場合にも、なお執行猶予附体刑のみの場合と同一の報酬を支払う約旨であつたとの、被控訴人の主張はこれを否認する。なお従前主張の金五十万円は、昭和二十五年十二月頃二回に亘つて支払つたものであるが、右は本件刑事事件終了までの弁護料として支払つたものであつて、本件報酬金の一部として支払つたものでないから、右一部弁済並びに残額免除の抗弁は撤回する。要するに本件にあつては、前記報酬契約に予定した一定の結果が得られなかつたのであるから、控訴人としては前記弁護料五十万円の外に右報酬契約に基く報酬金の支払義務はない。」と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
昭和二十五年十二月初頃、控訴人が弁護士である被控訴人に対し、その頃控訴人を被告人として繋属していた臨時物資需給調整法違反物価統制令違反被告事件につき刑事弁護を委任したこと、同年十二月二十六日右両当事者間に右委任事務処理の結果被控訴人の尽力により、(一)罰金、無罪、または公訴棄却の判決言渡があつたときは一万弗、(二)執行猶予附の体刑の判決言渡があつたときは五千弗の各報酬金をそれぞれ控訴人から被控訴人に対して支払う旨の契約が成立したこと、並びに被控訴人は右受任事件について弁護をした結果、昭和二十六年三月二十九日東京地方裁判所刑事第二十一部の二係りで、懲役十月及び罰金二百万円、但し三年間右懲役刑の執行を猶予する旨の判決言渡があり、当時右判決の確定したことは、当事者間に争がない。
被控訴人は、前記報酬契約において執行猶予附体刑と罰金刑とが併科された場合については特に明定するところはないが、当時被控訴人は体刑の実刑に処せられることを極度に恐れて居り、且つ所謂闇取引によつて巨利を得ていた際であつたから、苟くも体刑につき執行猶予の判決を受ける以上、罰金刑を併科されることがあつても、前記報酬契約(二)の場合と同視して所定の報酬金を支払う約旨であつたと主張するのであるが、この点に関する当裁判所の判断は、当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果を斟酌してもなお原判決の説示するところと同一に帰するから、ここにこれを引用する。当審における被控訴人本人の尋問の結果中右主張事実に副う供述は採用し難い。従つて前記報酬契約(二)に定める五千弗(邦貨換算金百八十万円)の支払を求める被控訴人の請求は、この点において失当たるを免れない。
よつて被控訴人主張の予備的請求原因について審究するに前示の如く本件報酬契約においては、執行猶予附の体刑と罰金刑を併科する旨の判決言渡のあつた場合について、特に幾許の報酬金を支払うやの明示または黙示の約旨の認むべきものはないとしても、前示報酬契約の内容自体に徴し、また控訴人が弁護士たる被控訴人に自己の刑事弁護を委任し、その弁護の結果前示の如き判決言渡を受け控訴の申立もせずそのまま確定した事跡に照らして考うれば、控訴人も右判決の結果には或程度満足していたことを推知するに難くないから、かかる執行猶予附体刑と罰金刑併科の判決の場合にも、他の契約条項に鑑み相当と認めらるべき報酬金を支払うのが当事者の意思であつたと推認するを相当とすべく、反対に契約条項にかかる取極めのない一事を以て条項所定以外の場合には一切報酬金を支払わない約旨であると解することは甚だしく条理に反する。従つて控訴人は被控訴人に対し次に認定の如き相当額の報酬を支払う義務あるものと謂うべく、その額は前示認定の諸般の事実、特に前示報酬契約の内容とその趣旨、並びに成立に争のない甲第一、第二号証、乙第一ないし第六号証と本件口頭弁論の全趣旨を総合して認め得る前記委任事件の難易軽重、委任者である控訴人の受けた利益の程度、その身分職業資力、受任者である被控訴人の費した労力の程度その他一切の事情を斟酌し金百万円を以て相当と認める。尤も控訴人から被控訴人に対し別途弁護料または着手金として金五十万円の支払のあつたことは当事者間に争のないところであるけれども、右は委任事務処理の結果に対する成功報酬たる本訴請求金とはその趣旨を異にすることは明らかであるから、右金員の授受は本訴報酬金の請求を妨げるものでないことは言うまでもない。
以上の次第であるから控訴人は被控訴人に対し金百万円及びこれに対する本件訴状が控訴人に送還せられた日の翌日以後であること記録上明らかな昭和二十六年十二月二十八日以降完済まで年五分の率による遅延損害金の支払義務あるものと謂うべく、被控訴人の本訴請求を右の限度で認容しその余を失当として棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴並びに附帯控訴はいずれもこれを棄却すべく、控訴並びに附帯控訴費用につき同法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)